朧の森に棲む鬼
すげえ なんだこれ
劇団☆新感線ゲキ×シネツアー「朧の森に棲む鬼」観て参りました。すごかった。素晴らしかった。上演中一度も時計を見なかった。演出と音楽がかっこいいのは今まで観た作品すべてがそうだったが、設定と筋書きに一分の無駄もない。悪役悪役と書かれていながら1幕はむしろ爽快にすら見えるダーティーヒーローものを、2幕で収れんさせるにあたっての主人公の悪役としての行動に一分の隙もない。
劇団☆新感線は何故か長いこと観たことがなく、2006年の「メタルマクベス」で初体験。ただこれは作品としては脚色・宮藤官九郎なので、どうなのかな、詳しくはないけど、中島かずきものとは別に考えるべきなのかな?
なのでこの夏一挙に5本が観れるというのでこれはちょい楽しみにしてた。「ゲキ×シネ」というのは要するに映画館で舞台作品を上演するというもので、値段は映画以上舞台未満。DVDを買うことを思えば全然お安く、迫力の画面で観れるというもの。先週の「SHIROH」で初めて観て、この「朧」が、ふたつめ。本当はその前の「髑髏城」が本命だったんですけど、劇団☆新感線を観ようって客層に、昼1回上演とか厳しすぎる。観れなかった残念…。
「SHIROH」のレビューに、私、肯定的な意味で「これ観てよりナマで観たかったと思った」と書きました。画面で観る迫力が、かえってナマの迫力を想像させて、より一層ナマでこそ観たかったと思えた、と。いい意味で書いたつもりだったけど、「朧」を観た後となっては、もう、そんなもんじゃなかったって感じでした。大迫力だったし、もう映画のようで、演劇のようで、画面に向かって拍手をするのを堪えなきゃならなかった。
ひとつには、「朧」自体が、ペテン、駆け引き、騙しあい、人の感情、そんなものが中心のドラマであり、策謀渦巻くその展開が、表情をはっきりと見れる「映像」向きだから、というのがある。
もうひとつは、…やっぱこれは市川染五郎の役者としての格なのだろうよ…。全てがサマになる、のは、当たり前といっていいくらいだが、それにしても殺陣の美しさと、ラストの滝のシーンは、圧巻だった…。
のっけからオーエ国のシュテンという女首領が出てきてエイアン国の四天王とかいうので、これは平安のデビルバスター・源頼光の四天王と大江山の酒呑童子? と思ってるとツナ将軍、は渡辺綱で…誰かが主人公・ライを「ライ公」と呼んだ。「ライ」は「Lie(嘘)」だけど、信頼の「頼」と重ねて、というより裏返して(笑)あるんだろうか?(笑)
でも筋立てとしてはすごく「メタルマクベス」を思い出した。というよりも「マクベス」を。森で三人の魔女に出会い、予言めいた言葉を得た主人公が主殺しの上で王の座を狙うという。ちょっととんちっぽいオチも(笑)。モチーフなのだろうか。
「メタルマクベス」も登場人物の名前が全部ギター関係の名詞だというのがあって、こういうのが気づけると嬉しいけど。
メタルマクベス観た後に異様に印象が後をひいたのが粟根まこと(マクベスの登場人物のはずなのに役名「ナンプラー」て。タイ人か。)だったんだけど、この人はいっつもこういうポジションなんですね(笑)。敵味方の間らへんの微妙な中立視点で、印象深いのに話の大勢には全然関係ないという(笑)。
「メタルマクベス」「SHIRHO」「朧」と観てどれにも言えるこの劇団のカラーが、和と洋、シリアスと笑い、かっこよさと面白さ、それらの振幅が一気に両極へ振り切る、そのシャープさとその振り幅の大きさと。ひたすらかっこよし。個性派俳優の寄り合いのようないつものメンバーに、客演する役者のカラーも存分に生かし、それもまたひたすらかっこよし…。観た3作品全てに間違なく言える演出のかっこよさと音楽のかっこよさ。かっこよいと、その一言で「言い尽くせない」かっこよさでした。
これこそがゲキシネか。まさしく演劇でありながらこれは映画か。「ゲキシネ」という言葉が目指す真の意味を、この作品が体現していると思った。
朧の森に棲む鬼〜Lord of the Lies/ゲキ×シネ2008年7月観劇
どんな嘘も平気で並べたてる男・ライ(市川染五郎)。いにしえの森の朧たちから受け取った剣――自身の舌と同じ速さで動く――を用い、王となるべく、朧たちの言う通りにエイアン国のヤスマサ将軍を斬り殺す。朧たちが示す「三人の女」に出会う時が、ライの運命の分かれ目。オーエ国の女首領、エイアン国の女将軍、エイアン国王の妃。三人を愛するもよし、殺すもよし。「嘘の王」ライがまず向かったのは、悪党の長・マダレ(古田新太)の支配する暗黒街・ラジョウだった。
劇団☆新感線ゲキ×シネツアー「朧の森に棲む鬼」観て参りました。すごかった。素晴らしかった。上演中一度も時計を見なかった。演出と音楽がかっこいいのは今まで観た作品すべてがそうだったが、設定と筋書きに一分の無駄もない。悪役悪役と書かれていながら1幕はむしろ爽快にすら見えるダーティーヒーローものを、2幕で収れんさせるにあたっての主人公の悪役としての行動に一分の隙もない。
劇団☆新感線は何故か長いこと観たことがなく、2006年の「メタルマクベス」で初体験。ただこれは作品としては脚色・宮藤官九郎なので、どうなのかな、詳しくはないけど、中島かずきものとは別に考えるべきなのかな?
なのでこの夏一挙に5本が観れるというのでこれはちょい楽しみにしてた。「ゲキ×シネ」というのは要するに映画館で舞台作品を上演するというもので、値段は映画以上舞台未満。DVDを買うことを思えば全然お安く、迫力の画面で観れるというもの。先週の「SHIROH」で初めて観て、この「朧」が、ふたつめ。本当はその前の「髑髏城」が本命だったんですけど、劇団☆新感線を観ようって客層に、昼1回上演とか厳しすぎる。観れなかった残念…。
「SHIROH」のレビューに、私、肯定的な意味で「これ観てよりナマで観たかったと思った」と書きました。画面で観る迫力が、かえってナマの迫力を想像させて、より一層ナマでこそ観たかったと思えた、と。いい意味で書いたつもりだったけど、「朧」を観た後となっては、もう、そんなもんじゃなかったって感じでした。大迫力だったし、もう映画のようで、演劇のようで、画面に向かって拍手をするのを堪えなきゃならなかった。
ひとつには、「朧」自体が、ペテン、駆け引き、騙しあい、人の感情、そんなものが中心のドラマであり、策謀渦巻くその展開が、表情をはっきりと見れる「映像」向きだから、というのがある。
もうひとつは、…やっぱこれは市川染五郎の役者としての格なのだろうよ…。全てがサマになる、のは、当たり前といっていいくらいだが、それにしても殺陣の美しさと、ラストの滝のシーンは、圧巻だった…。
のっけからオーエ国のシュテンという女首領が出てきてエイアン国の四天王とかいうので、これは平安のデビルバスター・源頼光の四天王と大江山の酒呑童子? と思ってるとツナ将軍、は渡辺綱で…誰かが主人公・ライを「ライ公」と呼んだ。「ライ」は「Lie(嘘)」だけど、信頼の「頼」と重ねて、というより裏返して(笑)あるんだろうか?(笑)
でも筋立てとしてはすごく「メタルマクベス」を思い出した。というよりも「マクベス」を。森で三人の魔女に出会い、予言めいた言葉を得た主人公が主殺しの上で王の座を狙うという。ちょっととんちっぽいオチも(笑)。モチーフなのだろうか。
「メタルマクベス」も登場人物の名前が全部ギター関係の名詞だというのがあって、こういうのが気づけると嬉しいけど。
メタルマクベス観た後に異様に印象が後をひいたのが粟根まこと(マクベスの登場人物のはずなのに役名「ナンプラー」て。タイ人か。)だったんだけど、この人はいっつもこういうポジションなんですね(笑)。敵味方の間らへんの微妙な中立視点で、印象深いのに話の大勢には全然関係ないという(笑)。
「メタルマクベス」「SHIRHO」「朧」と観てどれにも言えるこの劇団のカラーが、和と洋、シリアスと笑い、かっこよさと面白さ、それらの振幅が一気に両極へ振り切る、そのシャープさとその振り幅の大きさと。ひたすらかっこよし。個性派俳優の寄り合いのようないつものメンバーに、客演する役者のカラーも存分に生かし、それもまたひたすらかっこよし…。観た3作品全てに間違なく言える演出のかっこよさと音楽のかっこよさ。かっこよいと、その一言で「言い尽くせない」かっこよさでした。
これこそがゲキシネか。まさしく演劇でありながらこれは映画か。「ゲキシネ」という言葉が目指す真の意味を、この作品が体現していると思った。
朧の森に棲む鬼〜Lord of the Lies/ゲキ×シネ2008年7月観劇
どんな嘘も平気で並べたてる男・ライ(市川染五郎)。いにしえの森の朧たちから受け取った剣――自身の舌と同じ速さで動く――を用い、王となるべく、朧たちの言う通りにエイアン国のヤスマサ将軍を斬り殺す。朧たちが示す「三人の女」に出会う時が、ライの運命の分かれ目。オーエ国の女首領、エイアン国の女将軍、エイアン国王の妃。三人を愛するもよし、殺すもよし。「嘘の王」ライがまず向かったのは、悪党の長・マダレ(古田新太)の支配する暗黒街・ラジョウだった。